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東京高等裁判所 平成8年(ラ)103号 決定 1996年3月26日

主文

一  原決定中、同決定添付の別紙文書目録二及び四記載の文書に係る部分を取り消す。

二  右取消しに係る部分を原審に差し戻す。

三  抗告人のその余の抗告を棄却する。

四  抗告費用中、前項に係る部分は抗告人の負担とする。

理由

一  原決定別紙文書目録記載の各文書(以下「本件文書」という。)が民事訴訟法三一二条一号に該当する旨の抗告人の主張が失当であることは、原決定理由説示(ただし、原決定一枚目表九行目から二枚目表五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

二  抗告人は、本件文書が同条三号前段の利益文書に該当する旨主張するが、同号の利益文書とは、挙証者の地位、権利ないし権限を直接証明し又は基礎付けることを目的として作成された文書を指すと解すべきところ、本件文書は、そのいずれもがこれに該当しないことは明らかである。

三  次に、抗告人は、本件文書が同条三号後段の法律関係文書に該当する旨主張するので、判断する。同号の法律関係文書とは、例えば契約書のように法律関係そのものを記載した文書に限らず、当該法律関係の構成要件の全部又は一部に当たる事実のように、法律関係に密接に関わる事実を記載した書面も含まれると解すべきである。そして、本件に係る本案事件は、抗告人が東京拘置所に在監中に、刑務官に暴行を受け、不潔な独居房や保護房に収容され、いわれなき懲罰を受けるなどして損害を受けたとして、国家賠償法に基づいて損害賠償を求めている事案であるところ、本件文書二及び四は、本案事件の加害行為、損害の有無の判断に密接に関連することは明らかであるが、本件文書三については、抗告人が在監していたこと以上の法律関係に付いて作成された文書とは考えられない。また、本件文書一及び五については、法律関係文書に該当するか否かの点はともかくとして、五については、抗告人が平成六年三月三一日に軽屏禁一〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰に付されたこと自体に付いては、相手方において認めて争わないところであるし、一については、平成六年一月一〇日ないしはその直後ころに、抗告人が懲罰に付されたとの事実は、抗告人において主張していないから、結局、本件文書一及び五については、その取り調べの必要がないことは、当審から見ても明らかというべきである。

四  相手方は、本件文書二及び四は、内部文書であるから民事訴訟法三一二条三号の文書に当たらない旨主張するが、右主張は採用できない。すなわち、相手方は、拘置所における診療行為の特殊性を強調し、処遇上、警備上参考となる被収容者の心身の状況に関する記載や被収容者の舎房名も記載されると主張するが、診療録及びこれに伴う看護記録が人の身体に対する侵襲を伴う医療及びこれに密接に関連する事項の記録であることに変わりはなく、これに医師や看護人から見た心身の状況等が付加され、舎房名が記載されるからといって、内部文書であることを基礎付けることにはならないし、抗告人が既に出所していることに照らすと、これら文書が訴訟を通じて公にされるからといって、警備上、保安上の支障があるとも考えられない。

五  原決定は、乙第一号証の提出により、本件文書二及び四の各診療録については、提出命令の必要がない旨判示する。当裁判所は、証拠調べの必要性については、本案事件の審理を担当する原審の判断を極力尊重すべきものと考えるが、右説示部分は、本件文書二及び四が、民事訴訟法三一二条一号に該当しないことを説示し、その前提で付加的に記載されたものである上、右乙第一号証は、法務事務官が自己の判断に基づいて、抗告人主張事実との関連性、拘置所管理上の支障等を判断して作成した報告書にすぎず、添付の診療録部分の「病名」欄、「主訴・症状・処方・処置・転帰」欄、「医師捺印」欄の一部又は全部が抹消されているのに、この点について提出命令を不必要とするなんらの理由も示していない(殊に、「医師捺印」欄の抹消については、関連性を否定し得る合理的理由は見出し難いし、管理上の支障も認めがたいことは明らかである。)。

六  以上のとおりであるから、本件文書一、三及び五について抗告人の文書提出命令を却下した原決定は相当であるから、これに対する本件抗告を棄却することとし、本件文書二及び四が民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当し、原審の判断は結論において違法であるからこれを取り消し、証拠調べの必要性について改めて審理を尽くさせるため、右部分を原審に差し戻すこととし、棄却部分に係る抗告費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 森脇 勝 裁判官 高橋勝男)

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